もし炭治郎が、日の呼吸の適性が最適最強だったら その7

前作はこちらです。

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ライトノベル作家のshiryuです。鬼滅の刃のSSを書きました。タイトル通り、炭治郎が最初から日の呼吸を使えていたら、と…

 

 


 

 

 

 

炭治郎は、初めての経験だった。

 

これほど強い人達に会うことも。

その人達から――溢れんばかりの敵意を向けられることも。

 

特に強いのは、身体中に傷をつけて自分の目の前で血を流している男。

それに白い蛇を首に巻いている、口を包帯で隠している男。

 

その二人からは敵意ではなく、殺意と言ったほうがいいか。

 

物怖じはしない、と言えば嘘になる。

初めてそれほどの殺意を身に浴びたので、当然だろう。

 

だがあの男――炭治郎の家に来た、洋風の服を着た男の方が、濃厚な血の臭いと死の臭いを漂わせていた。

 

そして……この目の前にいる人達からは、殺意や憎しみだけではなく、悲しみの匂いがする。

 

自分が鬼になったという自覚がなかった炭治郎。

今ここで初めて、鬼として扱われたことによって、鬼という生物がどれほど哀れな存在かを知った。

 

これほど強い人達、柱の全員が鬼である自分を憎しみを持って、悲しみを持って接するほど。

 

炭治郎は生まれて初めて、絶望的な悲しみを背負った匂いを嗅いだ。

 

◇ ◇ ◇

 

不死川実弥は、いきなり目の前の鬼が涙を流したことに目を見開く。

 

自分の血を嗅いだ鬼は総じて、襲いかかってくるか、完全に酔っ払ってふらふらになるかのどちらかであった。

他にもあるが、全て自分の血を嗅いで鬼特有の反応をしていたはずだ。

 

しかし目の前の、まだ少年に見える鬼はどうだ。

 

特殊な稀血の匂いで酩酊することなく、正気を失った目もしておらず……。

ただ不死川の目を見つめたまま、涙を流している。

 

その目から感じ取れる感情は、憐れみのようなものであった。

 

「おまえェ……! 何泣いてやがる……!!」

 

不死川は戸惑いを隠そうとしながらそう言うが、普段の不死川を知る人物なら動揺しているのはわかる。

 

鬼だとわかっていても、12歳や13歳そこらの少年の姿をした者が泣く姿は、弟や妹が居た不死川からしたら居心地が悪い。

鬼の気配も気薄なので、うっかり頭を撫でそうなのを我慢する。

 

「……貴方から、とても憎しみ匂いがします。貴方だけじゃなく、柱の皆さん全員から」

 

涙を拭わずに人間の少年のような鬼は続ける。

 

「憎しみだけじゃない。怒り、悲しみ……そして、覚悟の匂いが。だけど全員の奥底にあるのは、慈悲深い優しい匂い」

「匂いだとォ? 何言ってやがる……?」

 

匂いで感情がわかるとでも言うのか?

それがこの鬼の、血鬼術なのか?

 

そう思っていると、いきなり鬼が自身の服の裾を引きちぎった。

不死川は唐突な行動に警戒し、疑い深く睨む。

 

そして一歩、不死川に近づいてきた。

 

やはり口では何を言おうと、鬼は鬼……!

ついに我慢できずに襲いかかってきた!

 

そんなことを思ったのだが、鬼は驚くことに自分がつけた刀傷に服の切れ端を巻きつけていく。

誰がどう見ても、それは治療行為であった。

 

巻きつけ終わり、鬼は不死川の顔を下から見上げながら言う。

 

「血の匂いなんかよりも、貴方の悲しみや覚悟の匂いの方が強くて……襲う気なんて、全く起きませんよ」

 

年相応の笑顔を見せた鬼。

 

普通の鬼のような狂気に塗れた笑みではなく……純粋な、眩しい笑顔。

鬼がするような顔とは、到底思えなかった。

 

「実弥。気は済んだかな?」

「っ! はっ……勝手な行動をしてしまい、申し訳ありません」

 

鬼の行動に呆然としていた不死川だったが、お館様に話しかけられ膝をついた。

 

「いいんだ。予想していたことだからね。炭治郎が実弥の血の匂いに耐えられない、ということは無いとは思っていたけど、それも試したかった。むしろお礼を言うよ、実弥」

「……勿体無いお言葉」

 

自分が勝手な行動を取るというのも、お見通しだったということ。

やはりお館様には敵わない。

 

「他のみんなも、これで炭治郎が理性を保った鬼ということがわかったかな?」

 

確認するようにお館様が柱のみんなを見渡す。

返事はないが、皆一様に頷いた。

 

「うん、ありがとう」

 

その後、不死川が元の位置に戻り、会議を仕切り直した。

 

「炭治郎の紹介がまだ途中だったね。炭治郎は、太陽を克服している」

「……は?」

 

誰がそう呟いたのか、わからない。

しかしそのことを知らなかった者が、全員心の中で思ったことでもあった。

 

「よもや、それは本当なのですか!?」

「百聞は一見に如かず。炭治郎、外に出てもらってもいいかな」

「はい」

 

鬼である炭治郎は日の光を何も恐れることなく、柱の皆が並んでいるところまで出る。

そこはもちろん屋根などなく、日の光が当たっている。

 

しかし……鬼である炭治郎の身体は何事もなく、日光焼けなど一切始まらない。

完全に、完璧に日光を克服していた。

 

その様を見て、今日何度目かわからないほどの衝撃が柱の皆に走る。

 

いづれそういう鬼が出てくるかもしれない、と恐れていたが、まさかこうもいきなり現れるとは。

 

しかもその鬼が理性を保っており、人を襲わず、上弦の弐を倒すほどの実力者とは、誰が思っていただろうか。

もう何に驚けばいいのか、柱の皆はわからなくなってきた。

 

「千年間、太陽を克服する鬼は出てこなかった。だけど今、炭治郎が克服した」

 

お館様がそう言うと、柱の皆に緊張が走る。

鬼と鬼殺隊の戦いが始まって、千年。

 

その中で一度も起きなかったことが、今起きている。

 

つまり――この時代に、鬼と鬼殺隊の間に今までにはない何かが起こることが予想される。

 

「あと炭治郎、君はおそらく――鬼舞辻無惨と遭遇しているね?」

 

……柱の皆はもう驚くことに慣れて、今の衝撃的な報告も「下弦の鬼を一体倒した」くらいの温度で聞けてしまった。

 

「えっと……きぶつじむざんって、誰ですか?」

「あっ……!」

 

その小さな声は柱の中で唯一の女性、緑と桜色の髪を三つ編みに結っている女性から放たれた。

 

鬼である炭治郎が、その名を言ってしまった。

 

鬼は例外なく鬼舞辻から呪いをかけられいて、名前を言うと呪いが発動して死んでしまう。

 

それを危惧した恋柱が顔をサッと青く染めて小さく声を発したが……特に何も起こらなかった。

 

「? なんですか?」

「え、えっと、なんでもないですぅ……」

 

(ああぁぁぁ……! 恥ずかしいわぁ、私ったら。そうよね、太陽を克服するくらいなら、鬼舞辻の呪いなんて外せて当然よね! だけどあの炭治郎って子、不思議そうに私を見つめる顔が可愛いわぁ……! キュンとしちゃう!)

 

「鬼舞辻無惨ってのは、鬼の始祖。全ての鬼が、その鬼舞辻無惨から生まれるんだ。鬼舞辻無惨の血を人間に与えられることによって、鬼は増えていく」

「そうなんですか……じゃあ、俺が会った鬼がそうかもしれません。とても濃厚な血の匂いをしていて……上弦の弐という鬼よりも人を殺した数が多いと、匂いでわかりました」

 

これほど驚愕の情報が多い柱合会議が、今まであっただろうか。

まさか炭治郎が、現代の柱が遭遇したこともない鬼舞辻無惨と出会っていたとは。

 

「その時の話を、聞かせてくれるかな」

「はい、わかりました」

 

炭治郎は数日前、鬼舞辻無惨が家に来た時のことを話す。

 

濃厚な血の匂いをした者が家に来たので、斧を持って対峙したこと。

自分の耳飾りを見て目の色を変え、攻撃を仕掛けてきたこと。

 

斧を用いて自分の家に代々伝わるヒノカミ神楽で対応して……首を斧で落としたこと。

そして人の名前らしき言葉を叫び、空間に襖が現れその奥に消えていったこと。

 

その時にかすり傷を負い、そこからおそらく鬼舞辻無惨の血が入って鬼になったこと……。

 

やはりその話を聞いて、柱の皆は驚きが隠せない。

 

鬼舞辻無惨と一対一で戦い、かすり傷しか受けなかった戦闘力。

その時に炭治郎が日輪刀を持っていたら、鬼舞辻無惨を殺せたかもしれないという事実。

 

「首を斬ったんだね? 炭治郎が持っていた斧で?」

「はい、そうです」

「そうか……私が考えていた通り、鬼舞辻無惨は頸を斬っただけでは死なないようだね。やはり日光しか、無惨を殺す手立てはないようだ」

 

顎に手を当ててそう言うお館様に、煉獄杏寿郎が声を上げる。

 

「恐れ入ります! なぜそうなるのでしょうか!? 鬼の少年は斧を使っていたから頸を斬っても死ななかったのであって、日輪刀を用いれば死ぬ可能性はあるのでは!?」

「炭治郎が使っていた斧を調べたところ、日輪刀と同じ素材が使われていたんだ」

「よもや!? まさかそんなことが!?」

「炭治郎、あの斧はどこで手に入れたのかな?」

「確か、街に行った時に古いお店で買ったんです。昔に作った斧ということで安かったんですけど、すごい丈夫だから」

 

持つところが木だったら炭治郎の握力で握り潰してしまうから、街に降りた時に買ったのだ。

 

金属の斧はなかなか見つからなかったが、古い店に一つだけ置いてあった。

全て金属で作られているので普通の人が使うには重く、見た目も錆が多く汚いので、とても安く買えたのだ。

 

「今は日輪刀の素材が取れる山は産屋敷家が全て買い取っているけど、昔はそうじゃなかった。だからおそらく炭治郎が持っていた斧は、その時に作られた斧だろうね」

「そうなんですか……」

 

炭治郎は自分が使っていた斧の素材など気にしなかったが、お館様や柱の皆は違う。

 

日輪刀と同じ素材で鬼を斬ったということは、本来なら鬼は死ぬはず。

それなのに鬼舞辻無惨は死ななかった。

 

つまり、頸の弱点は克服しているということだ。

鬼殺隊にとって、喉から手が出るほど価値がある情報であった。

 

「ということなんだ、みんな。今後、日光を克服した鬼である炭治郎を無惨が狙ってくる。つまり、ここ数年で大きな戦いが起こる可能性が非常に高い。今の情報を活かして、作戦を立てたいと思う」

 

お館様の言葉に、「御意」と柱の皆が答える。

 

「そして、炭治郎。君は今後、無惨に狙われることになる。だから君と、そして君の家族を鬼殺隊で守りたいと思う。一番良いのは、炭治郎の家族が蝶屋敷に住んでもらって――君を柱に迎え入れることだ」

「柱……?」

 

お館様の言葉に柱の皆は驚きはありつつも、誰も反対はしなかった。

 

鬼であるが人を襲わない理性を持っており、人を想って泣ける心を持っている。

そして強さに関しても鬼舞辻無惨を撃退し、上弦の弐を単独討伐している、申し分ないだろう。

 

「うん、考えておいてほしい」

「……わかりました」

 

その言葉を最後に、今回の柱合会議の議題は終わった。

 

 

◇  ◇  ◇

 

 

最初見たときは、地味な鬼だと思った。

 

お館様の後ろの襖から姿を現したときは相当焦ったが、よく見るとただの鬼。

しかも人間の気配に近い鬼で、鬼になったばかりで弱い。

自分だったら派手に頸を斬れる――そう思ったのだが。

 

お館様に止められてハッとする。

お館様が何の考えもなしにただの鬼をこの屋敷に連れてくるわけがない。

話を聞くべきだと判断した。

不死川や伊黒はそれでも殺意を持っていたが。

 

そしてその後の話を聞くに……地味だと思っていた鬼が、ド派手にド派手。

 

理性を保っており、人を一切喰わない?

上弦の弐を単独討伐?

鬼舞辻無惨を本来ならば殺していて、かすり傷しか負わずに撃退?

そして極め付けは、太陽を克服だと?

 

その形からは全く想像出来ないような、ド派手な野郎だった。

 

元忍である俺様が、ここまで相手のことを見抜けなかったのは初めてだ。

 

鬼になる前から鬼舞辻無惨を撃退出来るほどの実力を持っているにも関わらず、それを柱の誰にも悟らせないような気配。

 

――地味なのに、ド派手。

 

なんとも面白い野郎だ、竈門炭治郎。

 

 

 


 

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