「いいかい、炭治郎……呼吸だ。息を整えて――ヒノカミ様になりきるんだ」
父さんがそう言っていたのを、覚えている。
「息の仕方があるんだよ。どれだけ動いても、疲れない息の仕方」
父さんは身体が弱いのに、なぜヒノカミ神楽を踊れるのか聞いた時。
そう答えたのを、覚えている。
「炭治郎。この神楽と耳飾りだけは必ず、途切れさせず継承していってくれ――約束なんだ」
何の約束なのか、聞けなかった。
だけど、すごい大事なものだということは、なぜか理解できた。
「わかった、父さん」
だから炭治郎は、その日からすぐに、「疲れない呼吸」をし始めた。
数年後――。
父、炭十郎は亡くなり、炭治郎は母親と兄弟、家族六人で暮らしていた。
「炭治郎」
「っ! 母さん……」
「顔が真っ黒じゃないの。拭いてあげるから、こっちにおいで」
籠に炭を一杯に入れて背負ったとき、炭治郎は母さんに呼ばれて顔を拭かれた。
「雪が降って危ないから、今日は行かなくてもいいのよ」
「正月になったらみんなに腹一杯食べさせてやりたいし、少しでも炭を売ってくるよ」
「……ありがとう、炭治郎」
顔の汚れが落ちたのか、母さんはそう言って布巾を仕舞う。
その時、茂と花子が近づいてきた。
「兄ちゃん! 今日も街に行くの!?」
「私も行くー!」
子供ながらに炭を売るのを手伝いたい、ついでに街で遊びたいという匂いを、炭治郎は感じ取った。
「ダメよ、炭治郎みたいに速く走れないでしょ」
母さんはそれをわかっていながらも、二人にそう言う。
「えー、母ちゃん!」
「ダメ。今日は雪で荷車を引いていけないから、乗せて休めないのよ」
茂と花子はまだ幼く、雪がない道でも街に行くまでには疲れてしまう。
「じゃあ兄ちゃんにおんぶしてもらう!」
「それもダメ。炭治郎は今日、籠を背負ってるの」
籠がなかったら、大丈夫というように母さんは言った。
事実、炭治郎だったら茂と花子、二人を背負ってる状態でも荷車を引ける。
だが今回は、すでに炭治郎の背中には炭がたくさん入った籠が背負われていた。
背負って走れるぐらいの力があっても、物理的に背負えないのであれば不可能だ。
仕方なく茂と花子も諦める。
炭治郎は茂に、美味しいものをいっぱい買ってくると約束し、花子にも帰ってきたら本を読んでやると約束した。
二人は子供ながらの切り替えを見せ、とても嬉しそうに笑った。
「竹雄、出来る範囲で構わないから、少し木を切っといてくれ」
「そりゃやるけどさ……一緒にやると思ったのにさ」
「ふふっ、よしよし」
一緒に木を切れないと知っていじけている竹雄の頭を、炭治郎が撫でる。
恥ずかしそうに「やめろよっ」と言う竹雄を無視して、めいいっぱい撫でてやった。
四人に見送られて、炭治郎は街へと向かう。
その最中、家から少し離れて六太を寝かしつけていた禰豆子とすれ違う。
「お兄ちゃん、気をつけてね。早く帰ってきてね」
「ああ、日が暮れる前に帰ってこれると思うよ」
禰豆子と手を振りながら別れ、炭治郎はいつも通り呼吸をする。
もう何も意識もせずに、疲れない呼吸が出来ている。
呼吸をして吸い込んだ酸素を、身体の中に巡回させる。
意識して脚に力を入れ、雪が被った地面を蹴る。
炭治郎が蹴った地面、そして雪は抉れてそこに跡を残す。
常人では影しか見えないような速度で、炭治郎は山を降りていく。
茂や花子は炭治郎の背中に乗り、こうやって走るととても興奮したようにはしゃぐ。
(帰ったらそうして遊んでやろうかな)
そう思いながら、信じられない速さで街に辿り着く炭治郎だった。
街で炭を全て売った炭治郎。
炭を売ってる最中、誰が壺を割ったのかという事件を、炭治郎が自慢の鼻で解決した。
そんなこともあったが、まだ日が落ちるのには早い。
あと数時間は、ずっと日が出たままだろう。
「炭治郎、帰るのか」
「うん、みんな待ってるから」
三郎という爺さんが、険しい顔をしながら一度空を見て、頷く。
「まだ夜にはならないと思うが、気をつけて帰れ。夜は鬼が出るぞ」
「鬼……? わかった、ありがとう」
鬼という言葉に引っ掛かりを覚えながらも、炭治郎は別れを言って街を後にした。
そしてまた「疲れない呼吸」を使い、すぐに山に入って家に帰った。
家に帰ると、入り口に六太を背負っている禰豆子が見えた。
「禰豆子」
「あっ、お兄ちゃん! おかえりなさい」
「ああ、ただいま」
それから兄妹達も炭治郎が帰ったことに気づき、それぞれ嬉しそうに炭治郎に絡んだ。
――裕福ではないが、幸せだった。
だが人生には、空模様があるから。
移ろって、動いていく。
ずっと晴れ続けていることはないし、ずっと雪が降り続けることもない。
そして――幸せが壊れるときには。
――いつも、血の匂いがする。
夕飯を食べ終わり、そろそろ寝ようとしたとき……。
家の戸が、コンコンと叩く音がした。
こんな夜遅くに人が訪ねてくることなんて、ほとんどない。
あったとしたらそれは、この山で遭難した人ぐらいである。
「はーい」
禰豆子が声をかけて、戸を開けようとするが……。
「禰豆子! 待て!」
炭治郎が禰豆子の腕を掴み、引き止める。
いつもの優しい雰囲気が全く消えて、怒ったような雰囲気をしている炭治郎の様子に、禰豆子だけじゃなく家族全員が驚く。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「ドアの向こうにいる人から、とても濃厚な血の匂いがする……俺が出る」
炭治郎は立ち上がり、戸の方へと歩き出す。
「母さん、禰豆子。俺が戻って来るまで、家から出ないようにしてくれ」
「炭治郎、どうしたの……?」
「お兄ちゃん……?」
炭治郎はそれに答えず、戸のところに立て掛けていた斧を持つ。
「外で何か聞こえても、何が起きても……絶対に、外に出ないでくれ。お願いだ、母さん、禰豆子」
「……炭治郎、大丈夫なの?」
「ああ、俺は大丈夫だから」
「お兄ちゃん……」
炭治郎は最後に、家族全員に笑みを見せて……戸を開けて外に出て、すぐに閉めた。
禰豆子は一瞬だけ外の景色が見えたが――そこには、洋風な服を着た男が立っていた。
◇ ◇ ◇
その男、鬼舞辻無惨は、目の前の男をどこかで見た気がした。
しかしこんな山の中に入った覚えはなく、ましてやこんな子供に会ったことは一度もないはず。
気のせいだ――そう判断しようと、した瞬間。
目の前にいる男の、耳飾りが目に入った。
「――貴様、それはっ……!!」
太陽を模した耳飾り。
忘れようもない。
自分を唯一、追い詰めた男。
――継国縁壱がつけていた、耳飾り。
そう思い出した瞬間、目の前にいる男がその継国縁壱に見えてきた。
頭の後ろで一つにまとめ上げた髪型。
額にある大きな痣。
それらが全て、あの化け物と重なって見える。
瞬間、鬼舞辻無惨は血鬼術を発動し、全力で目の前の男を始末しようとした。
身体の至る所から触手を出し、十本以上の触手がその男目掛けて振るわれた。
まだ年齢が15にも満たないような少年。
殺すことなど、造作もないこと――と思っていた。
「ヒノカミ神楽――円舞」
触手が、一つ残らず斬られた。
少年が持っているのは、ただの斧。
鬼殺隊の隊士が持っている鬼を殺すための日輪刀ではなく、木を切るための斧。
それなのに、なぜ――。
「お前から……夥しいほどの、血の匂いがする」
鬼舞辻無惨は呆然としていたが、目の前の少年が怒りに声を震わせながらそう言ったのが聞こえた。
「どれだけの命を奪えば、それほどの匂いを漂わせられるのか? お前は、命をなんだと思っているんだ?」
その言葉、その姿が――あの化け物を、思い出させる。
「黙れ――っ!!」
鬼舞辻無惨は、後ろに下がりながら再生した触手を使って攻撃を仕掛ける。
敵が己を殺す技はない、己を殺すのは太陽の光のみ。
陽も落ちたばかりで、夜が明けるのは遠い。
ずっとこちらが攻撃を仕掛け続ければ、いづれ人間なのだから体力は尽きる。
こいつは――ここで殺さないといけない。
「ヒノカミ神楽――烈日紅鏡」
相手の少年は全ての攻撃を弾く。
しかしいいのだ。
ずっと戦っていれば、いづれ――。
「ヒノカミ神楽――幻日虹」
「なっ――消えっ……!!
消えたと思った瞬間、鬼舞辻無惨の頭が首と離れた。
幻日虹は、視覚の優れたものほどはっきりと残像を捉える。
鬼舞辻無惨の目からだと、少年がその場にいたはずなのに、いつの間にか消えてしまったように見えた。
だが、鬼舞辻無惨は死なない。
日輪刀でもないただの斧で斬られても、たとえ日輪刀で斬られても。
しかし……。
「傷が……!?」
明らかに、治るのが遅かった。
いつもなら一瞬でくっつく首も、いつまで経ってもくっつかない。
よく少年の斧を見ると……持っているところまでが、金属で作られている。
普通の斧ならば、持っているところは軽くするために木で作られているはずなのに。
炭治郎は「疲れない呼吸」をし始めてから、自分の筋力が大幅に上がった。
だからなのか、普通の斧を握ると壊してしまうのだ。
それで街に降りた時に、握るところも金属で作られている斧を買った。
しかしそれでも本気で握ったことは、今まで一度もなかった。
それが今、炭治郎は目の前の男を殺すために、本気で斧を握っていた。
そして本気で握ると――斧が燃えるように赫くなっていた。
鬼舞辻無惨は、やはり思い出す。
自分の身体に何百年も前に傷をつけて、いまだにその傷は治らない。
その傷をつけたあの化け物も、同じように刀を赫くしていたのだ。
だが目の前の少年は、刀ですらない。
それなのに、自身の身体の傷を治すのを遅らせるほどの力。
(もしかしたら、この者はあの化け物よりも――!!)
そう思った瞬間、鬼舞辻無惨は叫んだ。
「鳴女!! 戻せっ!!」
◇ ◇ ◇
炭治郎の目の前で、その男は消えた。
首を落としたのに、死ななかった男。
何千人殺せば、あれほどの血の匂いを漂わせることができるのか。
「……鬼、なのか。あれが」
三郎の爺さんが言っていた、鬼。
あれがもしかしたら、そうなのかもしれない。
最後に誰かの名前を叫び、いきなり障子の戸が開いてその中へ消え、障子の戸も一緒に消えた。
本当に近くにはいないことを匂いで確認して、炭治郎は家の中へ入った。
「っ! 炭治郎!」
「お兄ちゃん!」
炭治郎が家に戻ると、全員が涙目で炭治郎に抱きついてきた。
「兄ちゃん、大丈夫……!?」
「怪我してない……?」
茂と花子が抱きつきながら、怪我を確かめるように身体に触ってくる。
「あははっ、二人とも、くすぐったいぞ。大丈夫だ、怪我一つしてない」
炭治郎の笑顔に、みんなは安心した。
そしてもう夜も更けているので、小さい子達はすぐに寝てしまった。
寝かしつけた母さんも、一緒に寝ている。
最後まで起きていたのは、炭治郎と禰豆子。
「お兄ちゃん、本当に大丈夫?」
「大丈夫だ、禰豆子。怖い人はもういなくなったから」
確かに禰豆子が戸の隙間から見えた人は、怖い雰囲気を持った人だった。
その人がいなくなったのならば、安心である。
しかし大丈夫なのか確認したのは、そういうことではない。
「お兄ちゃんは、本当に怪我ないの?」
一番心配なのはそこだった。
お兄ちゃんの身体が、一番だった。
少し驚いたのか炭治郎は目を見開き、そして安心させるように目を細めて微笑む。
「大丈夫だ。腕にほんのかすり傷だけだから」
炭治郎は禰豆子にその傷の部分を見せる。
本当に小さな傷で、よく木の切れ端とかで引っ掻いたような感じだ。
「これくらい、舐めとけば治る」
「うん……わかった。お兄ちゃん、いつもありがとうね」
「ああ、俺こそ。おやすみ、禰豆子」
「おやすみ、お兄ちゃん」
そう言って、禰豆子は目を閉じて眠りについた――。
「くっ……!!」
炭治郎は全員が寝静まった頃、家の外に出ていた。
「身体が、痛い……!」
男の攻撃をちょっと躱しきれず、ほんの少しだけ受けた傷。
それを受けてから、体内に猛毒か何か入ったのか、身体の中で猛獣が暴れているかのように痛い。
「大丈、夫だ……! 俺は、長男だから……! このくらい、我慢できる……!」
そう言って炭治郎は、家族には打ち明けずに痛みを我慢し続けた。
次の話はこちらです。
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