もし炭治郎が、日の呼吸の適性が最適最強だったら その13

 

前話はこちらです。

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ライトノベル作家のshiryuです。鬼滅の刃のSSを書きました。炭治郎がもし最初から最強だったら、という話です。鬼化して…

 


 

 

 初めは、ちょっとした違和感だった。

 

 顔を合わせた時は……泣きたくなるような優しい音が聞こえた。

 とても落ち着いていて、側にいるだけで人の心を癒すような、そんな音。

 

 実際、隣にいる継子の双子は、その人と絡むととても嬉しそうな音をさせ、同じような優しい音すら奏でる。

 

 だけど……本当に、ちょっとだけ。

 その優しい音の中に、嫌な音が、聞こえた。

 

 奥の方に、ほんの少しだけ。

 俺の耳でも注意深く聞かないと、聞こえないような、深いところに。

 

 その人……竈門炭治郎は、何か変だ。

 

 俺、我妻善逸は、そう感じた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「もうやだ!! もうしたくない!!」

 

 日が暮れて、辺りも真っ暗になってきた時間。

 そんな時間になっても、日柱の炭治郎と継子の時透兄弟との特訓は続いていた。

 

「降りてこい善逸! まだお前は日柱と戦っておらんだろう!」

「無理でしょ! なんでまだ隊士にもなってない俺が、鬼殺隊最強の人と戦わないといけないの!!」

 

 俺は木に登り、大きな幹に「離れてたまるものか!」というように抱きつく。

 

「絶対に死ぬ! 手加減されても死ぬ自信があるからぁ!!」

「大丈夫だよ、善逸。手加減は苦手だけど、俺頑張るから」

「死ぬじゃん! 手加減されても死ぬって言ってるのに、手加減が下手だったらもう絶対に死ぬじゃん!」

 

 下ではじいちゃんが怖い顔で、炭治郎が少し困った笑顔で俺の方を見ている。

 

「現柱に教わることなど、滅多にないんだぞ!」

「じいちゃんは元柱じゃん!」

「師範と呼べ!」

「俺は元柱のじいちゃんから教わりたいから!!」

「おふぅ……」

 

 なんだかじいちゃんが変な声を出して、「ポッ」と顔を赤らめている。

 

「先生、あれくらいで嬉しがるなよ……」

「可愛いじいちゃんだね」

 

「無一郎、あれを可愛いと言うか?」

 

 三人がそんな会話をしていたのが聞こえたが、今の俺はそれどころじゃない。

 

「さっきまで無一郎と有一郎、それに兄貴ともずっと戦ってたんだよ!? これで最後に日柱なんかと戦ったら、俺はもう死ぬよ!? 絶対に死ぬ!!」

 

 どれだけ万全の状態で戦っても死ぬのに、もう欠けらしか残ってない体力で戦うなんて、それこそ自殺行為でしょ。

 

 俺は死にたくない!

 

「鬼は待ってくれんぞ!」

「まあまあ、桑島さん。一応善逸もまだ隊士じゃないんだし、そこまで厳しくなくても」

「しかしじゃな、日柱のあんたが来て、一度も戦わないなんてな……」

「じゃあ明日、戦いましょう。桑島さん達がいいのであれば、泊まってもいいですか?」

「おお! それはいい案じゃ! 部屋に空きはある!」

 

 ……えっ、嘘でしょ? 明日も炭治郎達がいるの?

 またこんなキツイ特訓が、明日も続くの?

 

「獪岳くんも、今日は泊まっていくけどよろしくね」

「ああ、よろしく。俺もその……炭治郎に教わりたかったから、好都合だ」

「さすが炭治郎さん。あの生意気そうな獪岳が、こんなにもデレデレに」

「で、デレデレしてねえ! ただ柱の炭治郎に教わって、早く強くなりたいだけだ!」

「わかりやすいツンデレだな」

「ツンデレじゃねえよ! くそ、もう一回戦うぞ! どっちでもいいからかかってこい!」

「僕よりも弱いのに、良い度胸だね。じゃあさっき善逸も味わったけど、同時にいこうかな。ねえ兄さん」

「はっ?」

「そうだな。弟弟子が味わったんだから、獪岳もやるよね?」

「くっ……やりゃあいいんだろ!!」

 

 そんなやり取りをした後、兄貴がボコボコになっていくのを……俺は木の上で無心で眺めていた。

 

 

 そして、夜。

 夕飯も食べて、就寝する頃。

 

 俺と兄貴は同じ部屋で横になっていた。

 いつもは違う部屋なのだが、今日は時透兄弟がいるので、俺と兄貴で同じ部屋を使っている。

 

「……兄貴」

「なんだ、カス。早く寝ろ」

「炭治郎と、何かあった?」

「っ!……何もねえよ」

 

 今のは心臓の音を聞かなくても、嘘だとわかった。

 あまり表に出ない人だが、今のはわかりやすい。

 

「……そっか」

「くだらねえこと聞いてねえで寝ろ。明日も地獄だぞ、ただでさえお前は死にかけてたんだ」

「……わ、わかった」

 

 今の会話もそうだ。

 

 前までの兄貴だったら、「うるせえ」だけで終わりだったと思う。

 

 普通に会話が出来て、そして回りくどいけど少し俺の心配をしてくれている。

 それがちょっと嬉しかった。

 

 なんだかいつも聞こえる不満の音が小さくなり、心の中にある幸せを入れる箱が……少しだけ、直ったかのようだ。

 

 炭治郎と救急箱を取りに行ってから、音が全然変わった。

 確実にその時に、何かあった……炭治郎と会話をして、何かが起こったとしか考えられない。

 

 あんな少しの時間、炭治郎と話しただけで獪岳は変わった。

 

 それだけ炭治郎がすごいということなのだろう。

 

 ……だけど!!

 明日の特訓は、絶対にやだ!!

 

 

 数十分後。

 兄貴は爆睡した。

 

 やはり特訓で疲れていたのか、すぐにとても深い眠りについたことが音でわかる。

 

 今が、好機……!!

 

 俺はゆっくりと布団から抜け出し、家を出ていく……。

 

 逃げないと……!

 明日の特訓なんて受けたら、俺は絶対に死ぬから……!

 

 家の中の音を聞くと、いつもの俺の寝室に時透兄弟が寝ている。

 そしてじいちゃんもすでに寝ているようだ。

 

 こ、これは、絶対に逃げられる……!

 じいちゃんが寝ていることなんて、そうそうない!

 

 俺は家から抜け出し、落とし穴に気をつけながら家から離れていく。

 

 は、ははは!!

 やった、抜け出せた!!

 一か八かだったけど、まさか成功するなんて!!

 

 やったぁぁぁぁぁぁ!!!

 

 その時、俺は気づかなかった。

 炭治郎が、家の中にいなかったことに。

 

 

 あの家を抜け出せたのは、初めてだ。

 最初は嬉しすぎて、発狂寸前になりながら喜んでいたけど……。

 

「……俺、あそこ以外、行くところない」

 

 冷静になると、そうだ。

 

 あそこの家以外に、行くあてなんて全くない。

 

 女に騙されて借金まみれになった俺を助けてくれたじいちゃん。

 そのじいちゃんの場所以外に、行くところなんてないんだ。

 

 というか、なんで今日は逃げ出せたんだろう。

 今まではずっと無理だったのに。

 

「はっ! まさか、今から来るのか……!?」

 

 後ろを向いてじいちゃんが来るかドキドキしてたけど……やっぱり来ない。

 

 もしかして……考えたくないけど。

 

 ――見限られた……?

 

 今まで一度も抜け出せず、じいちゃんは俺を捕らえていた。

 それが今日、何の前触れもなく抜け出せてしまった。

 

 いや、前触れは……あった。

 

 兄貴、獪岳が、雷の呼吸・壱の型を使えるようになったことだ。

 

 壱の型を使えなかった兄貴と、壱の型だけしか使えない俺。

 じいちゃんは、二人で後継者になれと言っていた。

 

 だが兄貴が壱の型を覚えてしまったら……俺は、いらない。

 後継者は、一人でいい。

 

「……あっ」

 

 気づかぬ間に、涙が溢れていた。

 

 じいちゃんなら……見限らないでいてくれると、信じていた。

 だけど……兄貴が壱の型が出来るようになって、すぐに見限られた。

 

 俺は、いらないんだ。

 

「うぅ……」

 

 俺は森のような場所で、一人蹲って泣いた。

 

 また、一人になった――。

 

「おいおい。ガキが一人でこんなところにいるもんじゃねえぞ」

「えっ……」

 

 いつの間にか、誰かが近くにいた。

 

「一人でいたら――俺みたいな、怖い鬼に食われちまうからなぁ」

「ひっ……!!」

 

 顔を上げてそいつを見ると……いや、見なくてもわかった。

 音が、人間と全然違う。

 

 ――鬼だ。

 

 初めて聞いた、鬼の音。

 気持ち悪い。

 

 冷たくて、おどろおどろしくて……気味が悪い。

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

 俺は全力で逃げた。

 全集中の呼吸を最大限に使い、最初から全力で。

 

「なっ! 速っ……!」

 

 後ろで俺の足の速さに驚いた鬼の声が聞こえた。

 

 今は武器なんて持ってない。

 日輪刀はもちろん、木刀すら持ってないんだ。

 

 鬼と戦うなんて、絶対に無理!

 というか武器があっても無理だけどね!!

 

 全力で走って逃げるが……鬼も俺を追って来る。

 

「俺から逃げられると思うなよ!! 俺は他の鬼より、足が速いんだ!!」

「知らないよ! あんた以外の鬼なんて会ったことないし!!」

 

 俺も足には自信があるんだけど、鬼は俺に付かず離れずの距離でずっとついて来る。

 

 霹靂一閃をやればもっと俺は速いんだけど、あれは一瞬の爆発力を重視する技。

 逃げるときにやっても、一瞬だけ距離が離れるだけですぐに追いつかれてしまう。

 

 というかこんなときに霹靂一閃が出来るほど、俺は強くない!!

 

「あっ!?」

 

 そんなことを考えながら走っていると、地面が少し隆起しているのに気づかず、俺はこけてしまった。

 派手にこけたので、とても痛い。

 

 すぐに立ち上がって逃げないといけないが……すでに時は遅い。

 

「死ねっ!!」

「ギャァァァァァ!!」

 

 振り向くともう目の前に鬼がいて、その鋭い爪を俺に振り下ろしている最中だった。

 

 ああ、死んだ。

 こんなところで、人知らず死ぬんだ。

 

 しかもこんな醜い鬼に食われて、死体も残らない。

 最悪だ。

 

 だけど……もう、行く場所もなかったし。

 じいちゃんにも見限られてたし、いいか。

 

 生きてても……いいことなんて、なかった。

 

 そう思って俺は強く目をつぶって、逃れられない痛みに耐えようとしたが……。

 

「ヒノカミ神楽――円舞一閃」

 

 声が、聞こえた。

 この声は……炭治郎だ。

 

 すぐに来るはずだった痛みもこないので、ゆっくり目を開ける。

 

 そこにはすでに首を切られて灰となっていく鬼の姿と……日輪刀を納める、炭治郎の姿があった。

 

「大丈夫か、善逸?」

 

 炭治郎は俺を心配する目で見てくれる。

 目や態度だけじゃなく、音もそうだ。

 

 態度だけ優しくて、心は冷たいという人を、俺は何人も見たことがある。

 

 炭治郎は、そんな人間ではなかった。

 

「うわぁぁぁん!! たんじろうー!! 怖かったよぉぉぉ!!」

「おっと……」

 

 俺は泣きながら炭治郎に抱きついた。

 足も地面から離して、炭治郎の身体を抱きしめる。

 

 全体重をかけているにもかかわらず、炭治郎は大きな木の幹のようにブレず、安定していた。

 

 俺が木に抱きつくのは、安心するからだ。

 大きな幹だとさらに安心する。

 

 炭治郎は大きな幹ほど太くはないが……その分、温かい。

 

「よしよし……」

 

 そして頭も撫でてくれる。

 最高かよ。

 

 俺はそのまましばらく、炭治郎に抱きついたまま……になると思ったが。

 

 

 ふと、気づいた。

 炭治郎の音の、違和感に。

 

 炭治郎の奥にある、冷たい音が……鬼に、酷似していた。

 

 そのことに気づいた瞬間、俺は血の気が引いた。

 バッと離れて、炭治郎と距離を取る。

 

「善逸?」

「はぁ、はぁ……!」

 

 俺を心配そうに見てくる目。

 音も、しっかり心配そうにしているのがわかる。

 

 だけど……心の奥の冷たい音が、その態度もその音も、本当かどうかを疑わせる。

 

「炭治郎は……鬼、なの?」

 それを聞いた瞬間、炭治郎は驚いた顔をした。

 

 そして――

 

「そうだよ」

 

 悲しそうな笑顔をして、肯定した。

 

 


 

 

「先生」

「ん? なんじゃ、獪岳」

 

 炭治郎と獪岳が救急箱を取りに行って帰ってきて、獪岳が桑島に話しかけた。

 

「俺、壱の型が、出来るようになりました」

「っ!? ほ、本当か!?」

「はい」

 

 話すよりも、見せた方が早い。

 獪岳は、構えた。

 

「っ! 獪岳、お前……」

 

 すぐに桑島は気づく。

 獪岳の構えが、いつもと逆なことに。

 

「雷の呼吸・壱の型――霹靂一閃」

 

 霹靂一閃で大事なのは、踏み込み足。

 それが利き足になったことにより、爆発的な踏み込みが生まれる。

 

 桑島から見れば、まだ速度は全然足りない。

 だが、形にはなっている。

 

「どうでしたか? 先生」

「……出来ていたぞ。だがまだまだじゃ! これからも精進せい!」

「っ! はい!」

 

 桑島は厳しい口調でそう言うが、口角は上がっていた。

 それを見て獪岳も嬉しそうに笑って返事をする。

 

「獪岳、じゃあ僕達と戦って練習しようよ」

「はぁ? いきなり実戦では出来ねえだろ」

「実戦じゃない、練習稽古でしょ。実戦でやるために稽古するんだ」

「僕達は君の弟弟子とやったんだから、兄弟子の君ももちろん出来るよね?」

「くっ……! やってやるよ!」

 

 なんとか無一郎と有一郎と戦ってる最中に、壱の型をやろうとするが……もちろん、上手くいかない。

 しかし、獪岳は何回もやられるが、楽しそうに練習していく。

 

 それを桑島は、嬉しそうに見守っていた。

 

 その光景を……逃げた木の上で、悲しそうに見つめる善逸の姿があった。

 


 

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